過去と未来の摩擦が今を創生する
「温故知新」の仕事論

「温故知新」を胸に、毛筆文化のこれからを担う
製硯師(せいけんし)の青栁貴史さん。
論理的な言葉が淀みなく流れてくるかと思えば、その次の瞬間に覗くのは、まるで子供のように
キラキラした瞳と笑顔。
約2000年の伝統と向き合いつつ前進する彼の眼差しが、パールの洗練された輝きと呼応していく。

青栁貴史_1
青栁貴史_1

―約2000年前に現在の形になったといわれる硯。ジュエリーと共通点があるとしたら何でしょうか?

ジュエリーと硯はとてもよく似ていると思います。まず、そのもの自体が造形的に美しいこと。石が主役の硯と同じく、ジュエリーも石やパールなど自然素材をよく使いますね。
そのままでも十分美しい自然物に挑んでいく、人間の心意気がデザインの面白さ。素材を愛し、人々の生活になじむ形へ姿を変えていくという点は全く同じ。
このネックレスも、パールをただの「材料」だと思って仕事をしていないのが伝わってきます。特にジュエリーは人々の生活に直結しているので、影響力も大きいはず。また、使用時や着用時だけでなく、外し方、お手入れの仕方、保管法など扱い方すべてがその人の人柄を表すのも同じですよね。

青栁貴史_2
青栁貴史_2

― 石から削りだす硯作りは、途方もない労力が必要かと思います。「いい硯」の条件とは?

心を込めるのは当たり前ですが、作る際には「石に余計なことをしない」よう気をつけます。
石は削ったら元に戻せないので、「石の原型のほうがよかった」と思われないように。そしてその人の生活に寄り添い、大切にされるものを目指しています。もちろん唐の皇帝陛下には、緊張感と凄みたっぷりのものが似合う。でも僕の作る硯は美術品ではなく、「手を当て、水を張って墨をすりたい」と思って使える日用品であってほしい。
実は、お習字を始めた近所の子供たちが、僕の番組を観てお年玉で硯を買いにくるんですね。そこで彼らへ、「硯ではなく石を買うつもりで選んでほしい」と伝えるんです。「君が大きくなって気が変わったら、硯の形は僕がいくらでも変えるから」と。
成長にあわせてものと一緒に育つとは、人しか成しえないこと。人と時間が作る尊き器物は、まさに‘経年美化’ですね。

青栁貴史_3
青栁貴史_3

—企業とのコラボレーションや独自プロジェクトなど新しい試みを多く発表されていますが、一貫してこだわっていることは?

書家の大先生に、「新しいものを創造するとき、必ず伝統が置き去りになる」と言われたことがあります。革新的な意匠が生まれるとき、これがはじめに作られたときの理由や意味が忘れられがちになると。「人々の生活に寄り添い、豊かにする」という硯の発祥の原点を、どのプロジェクトを始めるときでも心に刻んでいます。
僕は、「過去と未来の摩擦が今を創生する」と考えていて。常に過去を振り返り、過去から得たものをもとに次を作るという「温故知新」の考えはとても大切。地球が何億年という時間をかけて育てた石が、硯に形を変えた後は、破壊されない限り人々の生活に永遠に残っていくもの。
目の前の硯を仕上げて終わりではなく、未来につながる仕事をしていると思って日々取り組んでいます。

青栁貴史_4
青栁貴史_4

―半永久的に人の心に残るものや文化を作るとは、とてもロマンティックな響きです。今後の活動に対し思うことは?

人々の生活の中で、健全に生き続けたものが生むのが文化。便利な道具が多くあり時間も限られている現代に、筆が身近にないのはネガティブなことではなく、ただ昔と役割が異なるだけ。でも例えばオフィスで墨をすることが自然な社会になって初めて、中国や日本が育ててきた毛筆文化が醸成されたと思える。そういう日が待ち遠しいですね。
製硯師は過酷な仕事で、60歳ほどでピークを迎えることが多い。そう考えたとき、今後作るうち10面ほどしか代表作として残らないかもしれません。やりたいことは多くあるのに、「社会や業界に貢献できた」と胸を張って後輩に残していける時間は意外と少ない。だから時間をかけてでも、ひとつひとつ質量の高いものを仕上げていきたい。
それが100年後、200年後に僕の大好きな文化の一部となっていてくれたら、こんなに嬉しいことはありません。

青栁貴史_5
青栁貴史_5

着用アイテム

プロフィール


青栁貴史/製硯師、「宝研堂」4代目

1979年生まれ。浅草で1939年に創業した書道用具専門店「宝研堂」4代目。稀少な石を使った硯制作から、修復までを行う。TBS『情熱大陸』で見せた石に対する情熱は話題を呼び、バンダイやモンベルなどとの協業も多数発表。新型コロナ禍でもオンラインで硯展を開催したりと、活動を広げている。世界初の「書道具」絵本、『すずりくん 書道具のおはなし』(あかね書房)を企画し出版。

衣装:L'ÉCHOPPE

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