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about my parents
2023.07.31

about my parents

先日、
地元の札幌に帰省し、
家族で食事していたときに、
ふと、母の手元に目がいった。

「あれ?」

今年の春で
結婚41周年を迎えた私の両親。

けれど
父と母の左手の薬指に
もう結婚指輪ははめられていない。

実は、
昨年、母が入院した際、
何十年ぶりかに
指輪を外そうと試みたのだけれど
抜けなくなってしまっていたので、
止むなく電動カッターで
真っ二つに
切断してしまったというのだ。

私「石鹸水で手を洗っても抜けなかったの?」

母「もちろん試したの〜!
でもね、そんなんじゃ抜けるわけないくらい
食い込んじゃってたの!(笑)」

父「うんともすんとも言わなくなってたね!(笑)」

結婚指輪を
電動カッターで切断......(笑)。

「ママらしいね〜!」
と家族全員で爆笑しながらも
幼い頃から
内側にそれぞれの
イニシャルが彫られ、
常に両親の指にはめられていた
あのシンプルなプラチナリングを
目にしていた娘としては、
ちょっぴり寂しさを感じていた。

そこで、父が一言。

「ママとお揃いの指輪が
なくなっちゃうなら
私ももういらないかと思って
自分の指輪も外しちゃったのよ」

私は、
父の、こういうところが好きだ。

とても父らしい、愛の示し方。

思えば私は、
常に親の期待を裏切り続けてきた
娘だったと思う。

大学受験にも失敗したし、

同級生より
そもそも
1年遅れているにもかかわらず
さらに大学を休学して
海外留学するなんて言い出すし、

10代からの初恋を貫いて
そのまま結婚するかと思えば
長く付き合った後に別れるし、

上京して
出版社の編集者になるなんて
言い出すし、

40歳まで独身を貫くし、

気づけば
自分の会社を立ち上げているし、

父や母が
おそらく期待していたであろう
「長女」であり「初孫」である娘に望む
安定した人生としてはほど遠く、
都度、なにかと
ハラハラさせてしまってきたと思う。

父はどんなときも
「君の人生は君のものだから」
「けれど何かあったらいつでも帰ってくる家が
あることを忘れずにね」と
見守ってくれていたけれど

母はその都度、
自分の心と身体を極限までに使い果たし
一心不乱に突き進む私が
危なっかしくて、心配でたまらなかったと思う。

私が編集企画賞を受賞したときよりも
「この先の人生を
共に生きたい人ができたんだ」
と伝えたときに
生まれて初めて見られた
母のあの心底安堵した表情で、
彼女がこれまで
どれほど葛藤しながらも
娘をただ信じ、守り続けて
きてくれたかを思い知った。

私は、
この世界は
眩しいほどに美しく、
そして
切ないほどに残酷である
という人生における真理を
幼い頃から
きちんと私たち姉弟に
その背中で教え続けてくれた、
人間の「弱さ」「脆さ」を
決して隠すことなく、
綺麗事で片付けることもなく、
それをどう愛していくかを
示し続けてくれた
両親のおかげでずっと、
この人生を真っ直ぐと生きることができている。

確かに
いわゆる一般的な
「安定」と呼ばれる人生とは
言えないかもしれないけれど、
私は、
両親が導き続けてくれた
この、自分の嘘のない人生を、
心から愛している。

父と母のその偉大な背中を
これからも追いかけ続けながら
私は、私たちなりの
夫婦の形、家族の形を作っていきたい。

そして願わくば
私は将来結婚指輪を切断したくないので(笑)、
指のむくみ取りマッサージを
毎日のto doに
ちょうど加えたところだ。

_
text :
小寺智子
1983年生まれ、北海道出身。編集者。O型。
INSTAGRAM:@tomoko_kodera

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